あるのにないなんて、考えてみればヘンな話なのですが、コーディネート刑事に寄せられる悩みのダントツー位が、このフレーズです。そして、この悩みは、社会人として年齢を重ねるにつれ、お買い物の回数が増えるにつれ、増加する傾向にあるようで…。そういう人のクローゼットを実際に見てみると、本当に服がギュギュッと詰まっていて、あふれんばかり。スカートもパンツも、シャツもニットもカットソーも!たくさんのアイテムを持
服はたくさんあるはずなのに、着ていく服がない... の続きを読む
変わったアイディア、フレッシュな文面もよいが、やはり丁寧にご出席をお願いするという気持をあらわすことが大切です。案内状には、つぎの要件だけは必ず記さなければなりません。?日時?式場(なるべく詳細に、降車駅、目標、肘電話番号を入れ、駐車場の位置を記した略図を挿入すれば便利)?媒酌人の名前?服装について、平服で来ていただきたいときはそのことを記す。披露宴だけでなく結婚式にも参列していただきたい人へは別
丁寧にご出席をお願いする... の続きを読む
僕が初めてロンドンファッションに直にふれた83〜84年頃というのは、本当に刺激的なモードにあふれていました。そもそもカーナビー・ストリートのモッズとキングスロートのロッカーズが熱い抗争を演じていた60年代や、ヴィヴィアン・ウェストウッドと音楽プロデューサーのマルコム・マクラーレンが仕掛けた70年代後半のバングファッションに至るまで、ロンドンの本領は音楽シーンと結びついたストリートファッションのパワ
初めてロンドンファッションに直にふれた... の続きを読む
親がいくら躍起になったところで、子どもの偏差値が上がるわけではないのだ。「親がしゃかりきになって勉強を見てやっている子どものほうが、受験前になるとプレッシャーで伸び悩む」という塾の先生の言葉をいい口実にして、私は子どもが塾で使っているテキストさえも開かなかった。「多忙なお母さんには小学校受験よりも中学受験のほうがおすすめだわ」と私はひそかに思った。ただし費用は、小学校受験も中学受験も変わらないかも
費用は、小学校受験も中学受験も変わらない... の続きを読む
ホームページのアクセス数は、一ヵ月を待たずに一日平均「良くって二〇、悪けりゃ」から、「悪くても四〇以上」にアップしました。ピーク時には一日二〇〇アクセス以上を記録する日もあるそうです。商品の注文は「多い月で二〜三日に一件程度(来ても月一〇件程度)」から「ほとんど毎日二〜三件(月一〇〇〜二一〇件以上)」来るようになりました。また、平均単価も上昇中なんだそうです。通常、店売りの場合、よく出る客単価は1
ホームページのアクセス数... の続きを読む
不況が続いているとはいえ、依然として旅行需要は持続しつつあり、さらに上向く傾向さえある。たくさんの人々が地方の名産といわれる商品をよく知り、味わっている時代となった。それらの商品を再び味わい、使用したいという思いも強いものがある。この代表的成功例が九州博多の「明太子」である。最近では土産物を買う場合でも、持ち帰りではなく宅配便であるから、顧客の住所が残る。これを利用して再注文を促すのである。これら
地方の特産品・名産品... の続きを読む
宝石を購入すると、鑑別書、鑑定書または保証書がついてくることがあります。ただし必ずついているものとは限りません。お店によっては、購入者の意向を聞いて、要望があれば用意するというところもあります。宝石の鑑定評価については、不動産鑑定士のような権威ある公的な制度はまだありません。では、どこが発行しているのか?宝石鑑定鑑別所です。ここは買い手と売り手との間で中立で公明な立場でなければなりません。宝石学修
鑑別書・鑑定書・保証書とは... の続きを読む
婚約者の出身地が大きく離れている場合、どこで式を挙げるかは両家で話し合うことが大前提です。両出身地の中間の地点にする場合は両家の負担する交通費なども同じくらいになります、が、今回のような場合は、たまたま新婦が挙式場所の出身だったことで、新郎側の負担が大きくなってしまいました。新郎の勤め先の関係から束京にしたわけですから、新郎の都合で決まったともいえ、新郎側の負担が多くなるのもやむをえないことといえ
新郎新婦の挙式費用がアンバランスなとき... の続きを読む
高い腰位置、まっすぐな背中。骨の存在をしっかりと感じさせる肩と、そこからぐんと伸びた健康的な長い腕。灼けた肌の色は、ワンピースのココア色とほとんど境目がなく、全身がカラッと乾いた一色に見える。すでにミラノの定番となっているこんなストレッチ・ドレスの色は、決まってダーク系である。ココアやモカ茶、カーキ、ダークオレンジ、レンガ色など、アフリカの大地を思わせるような色ばかりで、淡い色や白が多くなる日本の
ミラノの定番... の続きを読む
東京オリンピックのカラー放送は全競技ではなく、開会式など限られたものだった。それはともかく、東京オリンピックが、白黒からカラーへの転回点になったのは確かだ。NHKの受信契約は1968年にカラー契約を独立させるが、67年のテレビ契約数は2000万台、68年は白黒1900万台、カラー169万台である。71年に1170万台で白黒とカラーがほぽ同列に並び、以後逆転し、カラーは74年2000万台、89年30
NHKの受信契約... の続きを読む