アーカイブ

人類の歴史において

人類の歴史において、インターネットの普及は自動車の発明に匹敵する出来事だと思っている。自動車の登場によって、20世紀という時代は、それ以前の時代とまったく異質なものになった。そしてインターネットは、21世紀に生きる人間のライフスタイルに質的変化をもたらしつつある。自動車がそうであるように、インターネットもひとつの道具だ。道具である以上は、それをどう使うかによって、もたらされる結果が180度逆の方向を向いてしまうこともあり得るわけだ。これはあらゆるテクノロジーについて言えることなのだが、出現した当初はかなり手厳しい批判や拒絶反応の対象にされる。産業革命期のイギリスでは自動織機が壊され、自動車や蒸気機関車も悪魔の道具呼ばわりされた過去がある。テクノロジーが革新的であればあるほど、社会を変化させる度合いは大きいから、それによって影響を被る人間の数も多くなる。だからそれはある意味では健全な反応で、批判にさらされるのは新しいテクノロジーの宿命なのだろう。インターネットというテクノロジーが少し異質なのは、それが最初は一部の大学や研究機関からスタートしたというところだ。軒下に垂れた1本の糸からぶら下がっていた蜘蛛が、いつの間にか大きくて美しい巣を張っているように、インターネットの網の目は気がついたら世界中を覆っていた。だから自動織機のように、インターネットを打ち壊そうという集団は現れなかった。もちろんインターネットに批判的な、あるいは懐疑的な視線を注ぐ人も少なくない。けれども、その批判自体がインターネット上で行われていたりする。地球温暖化対策を議論する人々が、飛行機やクルマに乗らなければ会場に辿り着けないのと同じように、良くも悪くも現代のコミュニケーションはインターネットを抜きには語れなくなっている。でもだからこそ、このインターネットという道具をどう使っていくかというビジョンが大切になってくるのだ。

[注目サイト]
デジタルカタログサービス
http://www.pleasure-ground.com/